2012/03/03

Mo' cycling blues.

『自転車はここを走る!』疋田 智・小林 成基 著(エイ出版社)★★★★☆
 Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books


サブ・タイトルに「自転車で安全に走るためのガイドブック」って付いてる通り、昨今の、特に去年の警察庁による自転車の車道通行厳格化の通達以降の日本の危機的な自転車状況の異常性を指摘し、警笛を鳴らしつつ、現実的にどのように自転車に乗ったらいいのかについてまとめられたムックで、著者は NPO 法人・自転車活用推進研究会の理事の疋田智・小林成基の両氏。これまでにもこの手の本はなるべくチェックするようにしてて、でも、その多くはけっこうイマイチな印象なモノが多いんで、あまり期待しないで読んでみたんだけど、正直、期待以上のないようだったかな。

これまでにも自転車関連のレヴューはちょこちょこしてることからもわかる通り、個人的にすごく興味がある(っつうか、危機感を感じてる)テーマでもあって、でも、なかなか「コレ!」ってソリューションがなくてモヤモヤしてるんだけど、本書にはリアリティのあるレベルでのヒントがけっこう含まれてたかな。ちょっと大袈裟な言い方をすると、自転車に乗ってる(及び乗りたいと思ってる)人は、とりあえずプロローグだけでも読んでおいたほうがいいんじゃないかなって思ったくらい。値段も ¥680 とリーズナブルだし、プロローグだけなら楽天ブックスの 'チラよみ' でも読めるし。日本の自転車事情がいかに異常かがわかるんで(ホントは自転車に乗らない人にも知らしめたいんだけど。でも、後述するように、コレはコレで別の大きな問題だったりする)。

最大のポイントは、上に書いた「現実的にどのように自転車に乗ったらいいのか」の '現実的に' の部分。ただ理想を語るんでも、ただ現状の問題点を指摘(糾弾?)するんでもなく、どちらの要素も含みつつ、あくまでも、これだけトンチンカンな自転車事情の中で現実的にどう自転車に乗るべきかを、自転車乗りのリアルな視点で描かれてること。つまり、白と黒をわかった上で、'グレーな部分' を現実的な対処法として示して(+ 肯定して)るってことなんだけど、'グレーな部分' を 'グレーな部分' としてキチンと述べてるモノって、この手のモノでは実はなかなかないので。そういう意味ではそれ自体が希有だし、ただキレイごとを並べてるような本よりもよっぽど誠実だし、同時に、メチャメチャ現実的でもあり、故に実用的でもある。

'グレーな部分' ってのは、わかりやすい例でいうと、Y 字路で左側の車線が左折専用車線になっちゃうケースとか。自転車に乗ってる人なら容易に想像がつくと思うけど、自転車は基本的には車道の左端を走ってるわけで、複数の車線があるような大きな道路だと、走ってるうちに一番左側の車線が知らぬ間に左折専用車線になっちゃって、直進したいときにはすごく困る。本書では、こういうケースの '現実的な' 対処法として、道が分かれる地点のある程度手前の段階で直進車線(左から 2 番目の車線)の左端に '車線変更' することを '条件付きでアリ' としてて、この点が、実はけっこう画期的だな、と。もちろん、'条件付き' の条件ってのは、車線変更のときにキチンと右後方の安全確認をしつつ、その車線の車の流れを妨げないレベルの自転車の性能と乗り手のスキルがあるってことなんで、誰もがそうしろ(そうすべき)ってハナシではないんだけど。でも、実際にはこういうケースってけっこうあるし、でも、この手のモノの多くは、杓子定規的に「道路交通法的には」って面しか触れてないことが多いんで。

そもそも、本書は「日本の自転車事情の現状はあまりにもトンチンカンで、仮にルールをキチンとわかってはいても(わかっていればいるほど?)現実に走ってると混乱する」って事実、実際に走ってると「コレってどうしろっつうの!?」ってシチュエーションが頻繁にあるって事実を前提してる。その前提の上で、どうするのが '現実的に' ベターなのかっていうソリューションを、法的に定められてることと併せて述べてるんで、すごくリアルだし、同時に実用的だとも言える。自転車に限らず、基本的に多くの法律や規則には文面のレイヤーと実際の運用のレイヤーがあって、それが一致してるのがもちろん理想なんだけど、現実社会はそんなに単純じゃないわけで、実は大部分はグレーだったりするんで、そのどちらかだけを語っても片手落ちで、法律や規則を鑑みた上で実際の運用=グレーの部分を考えないと意味がないのは当然のことなんで。

内容としては、上で挙げた Y 字路以外にも、十字路 / 自転車横断帯 / 丁字路 / 高速 & 橋 & 立体 / トンネル / パーキングメーター / バス停 / 専用レーン / 自転車レーン / 自転車道 / サイクリングロードの例が挙げられてるんだけど、'XXX 区の XXX 交差点' とかってカタチで実際にある場所が例に挙げられてて、その現場の写真とイラストを併用して説明されてるんで、かなりリアルにイメージしやすい(右の写真のような感じ。アマゾンで見れる)。この点も本書の大きな特徴かな。この手の本って、イラストだけで説明されてることが多いんだけど、それだと実際の道路の状況がイマイチリアリティが感じられないで。

まぁ、個人的にはすごく興味があるテーマだったし、なるべくこの手のモノはチェックしてきてるつもりだったんで(それこそ、前にレヴューした疋田氏の『自転車の安全鉄則』とか)、それほど新しい発見があったわけじゃなかったりもするし、ちょっと気になる点もあったりはしたんだけど。例えば、大前提として、自転車が走るのは '路肩' じゃなくて、あくまでも '車線の左端' であることをちゃんと強調してもいいんじゃね? とか(実はけっこう誤解されてるみたいなんで)、ドライヴァーとのコミュニケーションの重要性はもっと強調されていいんじゃね? とか。

あと、一番シリアスな問題として、事故のハナシはもっと突っ込んで触れてても良かったかも? って思ったり。個人的には、もう 10 年くらい都内で自転車に乗ってて、幸運にも事故を起こしたことも巻き込まれたこともないんだけど、でも、知人でかなりシリアスな事故に巻き込まれた人がいたりするんで(しかも、自転車乗り側の立場でも歩行者側の立場でも)、決して他人事じゃない、かなりリアリティのある問題だったりするんで。加害者にも被害者にもなりえるし、冗談抜きでその後の人生が狂うくらいの事態にもなりえるし。本書の想定読者は自転車乗り、しかも、こういう問題にある程度自覚的な 'いい自転車乗り(予備軍)' なんだから、言い方は悪いけど、ある種の '脅し' として、もっと実例を挙げた突っ込んだ記述はあっても良かったかな? とは思っちゃった。本当に、かなり笑えない状況になりえるんで。

想定読者ってハナシでいえば、やっぱり、この手の本とか雑誌の記事とかのそもそもの限界もやっぱり感じちゃったかな。それは、「こういう問題にある程度自覚的な意思を持った 'いい自転車乗り(予備軍)'」にしか届かないってこと。こんな本をわざわざ手に取って、金を払って買って読んでみようかなって思うような自転車乗りばかりなら、そもそも多くの '自転車乗り側の問題' は起こってないだろ、って。悪質な自転車乗り対策には全然ならないし、それはそれでまったく別の方策が要るな、と。あと、もちろん、ドライヴァー側の啓蒙も急務だと思うし、もっと言っちゃえば、行政とか警察だって変えなきゃいけないし。それこそ、ちゃんとやらなきゃいけない大きな厳然と問題はあって、それはそれでキチンと議論してやらなきゃいけないことは言うまでもないな、と。

でも、現実の問題として議論してる間も自転車は乗るわけで、今、どうするかが超大事だし、それこそが本書の意図でもある。それは、あくまでも「日本の自転車事情の現状はあまりにもトンチンカンで、仮にルールをキチンとわかってはいても(わかっていればいるほど?)現実に走ってると混乱する」って事態に戸惑ってる 'いい自転車乗り(予備軍)' 向けに現実的なソリューションを提示するってことで、その目的はバッチリ果たしてる。実際、自転車乗りは周りにけっこういるけど、本書で書かれてるようなことをキチンと理解(して整理)できてるのかっていうと、けっこうビミョーだったりするし。そういう意味では、かなりリアルな需要がイメージできる。

こういうモノが、新書とかではなくで、カラー・ページや写真・イラストを多用したムックってカタチで、しかも ¥680 ってリーズナブルな価格で出てることにも意義があるのかな。本だからこそ 'グレーな部分' に踏み込めるって意味もあると思うし。実はここがけっこう大事なポイントかも。実は前から警察なり業界団体なりがパンフレット的なモノをつくって、それを基に自転車を売るときに最低限のルールをレクチャーすることを自転車ショップに義務付けるみたいなことも必要かなと思ってたりもしてたんだけど、でも、同時に、どんなレベルの規則であれパブリックなルールにすると、どうしても杓子定規なキレイごとになりがち(= 現実的な 'グレーな部分' には踏み込めない)だって危惧があって。それこそ運用上のレベルで実効性を考えると、かなりビミョーそうだな、って。形式的でおざなりな感じになりそうだし(それでも、やらないよりはやったほうがいいとは思うけど)。ただ、本書を読んだら、それよりも、むしろ、こういう 'グレーな部分' に踏み込んだモノを自転車ショップに用意しておいて、 自転車をセッティングしてる時間にでも、義務ではなくもうちょっとカジュアルな感じで見せる(+ 希望者はその場で買える)感じにしたほうが効果があるのかも? って思ったりした。規則なんてできればないほうがいいに決まってるんだから。だって、規則はどうしても杓子定規にならざるをえないし、でも、実情は杓子定規な運用とは著しく相性が悪いし、しかも、その規則を自転車のことを知りもしないヤツらに作られたらたまったもんじゃないし(これこそが、日本の自転車にせまってる状況に迫ってる最大の危機だと思ってる)。

『自転車の安全鉄則』のレヴューでも書いた通り、個人的には現状はかなり危機的だと思ってて、相変わらず 'サイクリング・ブルース' って感じだなって思ってるんだけど、でも、同時に、いわゆる 'ブーム' はちょっと落ちついて、ある程度、いい感じで定着してきてる感もあるんで、だからこそ、実はすごく大事な時期な気もしたりしてて、そういう意味では、本書はなかなかいいタイミングで出たって言えるのかな。


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