2012/01/28

Sequence of life.

『動的平衡 2 生命は自由になれるのか』 福岡 伸一 著 (木楽舎) ★★★☆☆
 Link(s): Amazon.co.jp / Rakuten Books

青山学院大学教授の分子生物学者の著作で、前にレヴューした 2009 年の『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』の続編。前作同様、『ソトコト』等で発表していた原稿をベースに加筆・修正等を加えてまとめたモノで、2011 年 12 月に出版された。

前に「最近はマス・メディアでの活動も多いらしく」って書いたけど、その後、ほとんど地上波 TV を観ない生活になって 1 年以上経ってるんで、マス・メディア、っつうか、TV で今でも活躍してるのかはわかんないけど、わりとカジュアルな場での活動にも高い対応力を持つ、気になる知識人の 1 人であることは確かかな。

本書『動的平衡 2』をまず読んで感じるのは、前作同様、「生命とは何か?」っていう相当難しいテーマを、かなりわかりやすく噛み砕いて書かれてるってこと。まぁ、'わかりやすく' って実はけっこうデリケート(っつうか、危険)な言葉で、'わかりやすさ' を '安易な単純化' と取り違えてるようなモノがメチャメチャ多い中、'わかりやすさ' を維持しつつも、決して '安易な単純化' になることなく、絶妙なサジ加減をキープしてる点はさすがかな、と。人気があるのも頷けるというか。

内容的には、前作で述べられた動的平衡(dynamic equilibrium)」という生命観、つまり、クラシックの誉れ高い『利己的な遺伝子』(Links: Amzn / Rktn)で知られるイギリスの動物行動学者のリチャード・ドーキンス(RICHARD DAWKINS)が唱えた「自己複製する(自ら子孫を残せる)もの」という生命の定義を捉え直す考え方のひとつの提示しつつ、それにまつわるさまざまなエピソードが紹介されているカタチを採ってる。

「動的平衡」って考え方自体については、2009 年 9 月に『博士の異常な鼎談』にゲスト出演した下の映像がすごくわかりやすい(特にプラセボ効果に関する言及は秀逸。穏やかな口調でけっこう衝撃的なことをサラッと言ってて)。



個人的に動的平衡って考え方で一番面白いと思ってるのは、生命観に '動き' っていうダイナミズムと '時間の流れ' っていうシークエンスの観念を採り入れてることかな。簡単に言うと、「細胞(の分子)を絶えず入れ換えながら、同時に、平衡状態を保ち続けることこそが生命を生命たらしめてる」ってことになると思うんだけど、なかなか気付きにくくて、でも、言われてみると腑に落ちる(何となく実感としてイメージできる)感じが絶妙なサジ加減で、すごく興味深い。

本書『動的平衡 2』も動的平衡をベースにしたハナシなんだけど、具体的な部分としては、長谷川英祐著『働かないアリに意義がある』(Links: Amzn / Rktn)で述べられてる、アリのコロニーに一定数必ずいるという 'あまり働かない働きアリ' のハナシが紹介されてたり、前述のドーキンスの '遺伝子原理主義' 的な考え方やヨハン・ホイジンガ(JOHAN HUIZINGA)のクラシック『ホモ・ルーデンス』(Links: Amzn / Rktn)、生命現象や進化には突然変異と自然選択の原理では説明しきれない部分があるとしてダイーウィニズムの問題にも言及されてたり、ES 細胞・iPS 細胞とか人のゲノムの容量のハナシなんかも出てくるし、もっと身近なところだと、(自らでは動くことができない植物である)ソメイヨシノのハナシとか、味の素とか筋肉痛とか海外旅行先での腹痛のハナシとか花粉症と薬の関係とかなんかにも触れられてて、なかなか読み応えがある。

特に、音楽を喩えとして挙げて、遺伝子の集合体であるゲノムは、実はプログラムでも司令所でもなく楽譜のようなモノで、音楽において、ベースとして音の高さと長さを記した楽譜はあるものの、実際に奏でられる音について、どれくらいの強度で、どんなフレージングで、どんな指使いで弾くかは奏者に委ねられてる(=奏者に自由が与えられている)ように、遺伝子は使うべきパーツのカタログに過ぎず、その発現の強度と関係性は環境との相互作用に委ねられているって論点はすごく納得がいく。その '自由度' が、サブ・タイトルの「生命は自由になれるのか」につながる部分で、本書の核の部分なんだけど。

あと、シークエンスって部分に関しては、「遺伝子のスイッチがオン / オフになるタイミング 」が生み出す違いのハナシが個人的には面白かった。ヒトとチンパンジーのゲノムには 2% しか違ってなくて、その違いも、特別な遺伝子の有無ってレベルではなく、ほんの小さな違いであるだけにも関わらず、遺伝子操作でその 2% の違いを置き換えてもチンパンジーはヒトにはならないらしく、その違いを生み出すのは遺伝子のスイッチのオン / オフのタイミングの違いでしかないのではないか、ってハナシなんだけど、ヒトはチンパンジーより作用のタイミングが遅れ、ゆっくりと大人になるんだとか。つまり、何らかの理由で成熟のタイミングが遅れ、子ども時代が長くなり、子どもの身体的特徴を残しつつ性的に成熟するって変化がチンパンジーに起こり、それがヒトを作り出したのではないか? って考えられる、と。子どもの期間が長くなると、恐れ知らずで、警戒心を解き、柔軟性に富み、好奇心に満ち、探索行動が長続きし、試行錯誤や手先の器用さ、運動・行動のスキル向上の期間が長くなり、知性の発達に寄与したって仮説なんだけど、なんか、ちょっといろいろな示唆に富んでる感じがして、なんか妙に引っかかったかな。

最終的には、相関性と因果性の落とし穴みたいな部分に触れつつ、「ちょっと冷静に、リラックスして、物事を考えようよ」ってハナシ、言ってみれば、「普通が何だか気付けよ 人間」ってハナシなんだけど、具体的に述べられてる事象が面白くて語り口が平易でロジカルでありつつ、適度に示唆に富んでるんで、もうちょっと情報量的な密度が濃くてもいいかなとは思いつつも、前作同様、これはこれで全然アリって印象かな。まぁ、もちろん、先に上の『博士の異常な鼎談』を見て、『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』を読んどいたほうがいいと思うけど。


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さまざまなメディアで活躍する福岡伸一氏が「生命とは何か?」というテーマを綴った『動的平衡』の第 1 弾。


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